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ガンジー的非戦と命どぅ宝

昨夜の『日本のこれから「考えてみませんか、憲法9条」』
改憲派にもいろいろあるんだなぁって、思いながら見ていました。

気になったのが、「ガンジー的平和主義」と「命どぅ宝的平和主義」の対立。
私には、『命どぅ宝』の想いの果てに、その表現の一つとして、
ガンジーの非暴力、非戦があるように思えます。
(有識者じゃないので、自信もないですが、、、)

命は尊い、だから敵であってもその命は尊いもの。
ガンジーの抵抗運動は、
その精神を世界へ表現するための究極の選択だったんじゃないのかなぁ。

祖母は、私の父が出兵する時、
「人を殺さず、帰っておいで」というようなことを言ったそうです。
父はなるべく前線に出なくてすむように色々工夫したらしいです。
言ってみれば、非国民だし、卑怯者かもしれない。
父は、死が怖かったのだろうし、無駄死にだと思ってもいたのでしょう。
でも、市民にできるささやかな抵抗でもあったと思います。

小学生の時、『アンネの日記』を読んでとても印象的だったのは、
彼女がナチスだけを責めず、差別や戦争にNOと言わなかった人々、
全てに責任があるというよような事を書いていた事でした。

昨夜の番組の最後に、参加者にのメッセージが映し出されたとき、
「国体」と書いた女性の目はこわかった。

愛する人の命を守りたい、その想いの行く先が二手に分かれています。
どちらが合理的なのか、決着をつけるのは難しそうです。

でも、やっぱり私は9条はなくすべきではないと思います。
むしろ、「これから」が9条を活かすべき時代なのではと感じます。
新しい時代を築くため、常に暴力を手放す事のできなかった人類にとって、
9条は画期的な法律ではないでしょうか。
戦争の苦しみ、失うことの虚しさを経験したからこそ決断できた、
日本人の平和への願いから誕生したことを誇りに思います。

0708063


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Peace」カテゴリの記事

コメント

 突然のコメント失礼します。
 昨日の番組について書いているブログを検索したら、たどり着きました。

 冒頭に書かれていますが、小林よしのりが提起した、「ガンジー的平和主義」と「命どぅ宝的平和主義」の対立という問題設定はあまり気になされなくてもよろしいかと存じます。

 なぜなら、小林自身は極めて欺瞞的にガンジー主義を引用しているからです。
 詳細は、北海道大学准教授・中島岳史が書いた「パール判事」(白水社)で述べていますが、小林の資料引用は極めて恣意的でご都合主義に満ちています。

 沖縄で平和ガイドをされていた老人が反論されていたように、この二つの概念は対立するものではありません。
 その証拠に、ガンジーは、ナショナリズムを煽ったり、自分と同じ非暴力の理想に殉じることを人々に強要したことはありません。

 その点を意図的に看過して、自己の「自主国防路線」に強引な我田引水を図ったのが、小林の欺瞞的な発想につながっております。

投稿: foresight1974 | 2007年8月16日 (木) 23時04分

foresight1974さん、コメントをありがとうございました。おかげで、納得がいきました。あの番組、中学生の娘も見ていたのですが、だんだん感情的な議論が増え、言葉も難しくなって、残念でした。娘は、「子どもの未来をみんな考えてんのかなぁ」って、言っていました。意見の違う人に対して感情的になる人って、選挙権のない子ども達に対しての大人の責任という感覚がどうも抜けている気がします。

投稿: sairen | 2007年8月18日 (土) 10時13分

こんにちは~

今出ているSAPIOに、このときの小林さんの補足が
出ていますよ、sairenさんのおっしゃる
中島さんについても言及されています。
興味がおありでしたら、読んでみるといいのではないでしょうか。

投稿: ふうこ | 2007年9月 8日 (土) 14時13分

ふうこさん、コメントありがとうございました。先日やっとSAPIOを手にすることができました。

投稿: sairen | 2007年9月19日 (水) 09時07分

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